「筋トレは1日3秒でも効果が出る」。そんな意外性のある研究結果の背景には、筋肉の状態を正確に可視化する技術の進化があります。神奈川大学教授 衣笠竜太さんが開発した「筋肉Phone」は、筋活動を波形と音でリアルタイムにフィードバックして筋肉の「質」をスコア化し、医療やリハビリ、フィットネスに革新をもたらすウェアラブルデバイス。衣笠さんにユーザー視点を踏まえた設計秘話や「忙しいビジネスパーソンが押さえるべき筋トレ法」を伺いました。
【目次】
【第1章】筋生理学 ✕ 最先端技術。衣笠教授の研究と歩み
【第2章】カヌー体験から誕生。筋肉を可視化する「筋肉Phone」
【第3章】トレーニングの「見える化」を実現。短時間で筋力UP
【第4章】最新の筋トレのコツ:「1日3秒」を週3回
【第5章】世界初、筋電センサーが導く「最強のリハビリメソッド」
【第1章】筋生理学 ✕ 最先端技術。衣笠教授の研究と歩み
— 衣笠さんのご経歴を教えてください。
現在(2025年5月)神奈川大学人間科学部教授の傍ら、Muscle Blueprints, Inc.代表取締役も務めています。専門は筋生理学で、骨格筋の機能やトレーニングに関する研究を行っています。経歴としては早稲田大学大学院にて人間科学の博士号を取得した後、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部の研究員として勤務しました。帰国後、早稲田大学スポーツ科学学術院の助教を経て2012年に神奈川大学准教授、2018年に教授に就任しました。
研究職を目指した背景には、研究者だった曾祖母(日本の女性科学者の草分けであり理化学研究所主任研究員だった加藤セチさん)や父の影響がありました。また、学生時代にテニスでプロを目指していた際に怪我したことをきっかけに、怪我や筋肉のメカニズムに興味を持ったんです。
— 神奈川大学人間科学部ではどのような研究をしていらっしゃいますか?
主にランニングの生体力学的分析を行っています。神奈川大学は箱根駅伝に出場する大学でもあることから、シューズの進化に伴うランニングフォームの変化を調査しています。例えば、近年ではカーボンプレートを搭載したシューズの影響で「つま先着地」が主流になっていますが、ランナーを対象にシューズの恩恵を最小化したランニング実験を行ったところ「かかと着地」との走行効率に大きな差は見られませんでした。そのため「つま先着地」は決して有利な走り方であるとは言えないと考えています。
また、アキレス腱についても研究しています。一般的に「アキレス腱はバネの役割を果たす」と言われていますが、それを検証するために一流のスプリンターに超音波装置を装着して走行中の筋肉や腱の双方の動きを測定するなど、詳細な解析を進めているところです。

【第2章】カヌー体験から誕生。筋肉を可視化する「筋肉Phone」
— 衣笠さんが設立したMuscle Blueprints, Inc.の事業概要を教えてください。
筋トレやリハビリを効率化するウェアラブルデバイス「筋肉Phone」を開発しています。特徴は3つあります。
- 瞬時に筋出力を計測:装着後、わずか10秒で筋肉の活動データを取得できる。
- 低コストで研究用レベルの精度を担保:市販の安価な電子部品で構成しつつ、高価な筋電図装置(医療や研究現場で広く使われている筋肉の電気的な活動を測る装置)と同等の精度を実現している。
- 視覚・聴覚・触覚を活用したフィードバック:アプリ画面で筋出力を数値で示し、音に加えてデバイスの振動も活用することで、筋肉の状態をより直感的に把握できる。
病院や研究機関でしか使用されなかった高価な筋電図装置を、誰でも手軽に使える形に落とし込んでいますね。

— 筋肉Phoneを開発しようとお考えになった経緯をお聞かせください。
40歳になってカヌーを始めたことがきっかけです。知床半島をカヌーで巡ろうとしたものの、最初は身体に余計な力が入って思うように動けないし、練習する時間もなかなかとれなかった。「力みを取るウェアラブルデバイスがあればもっと効率よく練習できるはず」と。
そんな折、研究室にある筋電図装置がヒントになりました。筋活動を計測できれば「どこに余計な力が入っているか」を可視化できる。しかし、既存の装置は大きく、電源が必要。しかも500万円もする。持ち運びなんて現実的ではなかった。ならば「小型・軽量・低コスト」で同じ機能を持つデバイスを自作しようと考えたんです。
— 上記以外にも、筋肉Phoneにはどのような強みがありますか?
現在はまさに開発段階ですが「振動によるフィードバック機能」です。従来の筋電センサーは数値を表示するだけでしたが、筋肉Phoneは振動を活用し、筋肉の収縮度や力の入れ具合をリアルタイムで伝えることができます。トレーニング中に「どの部位をどれくらい使っているか」を把握しながらフォームを改善できるんです。さらに、アプリを通じて波形解析を瞬時に行って平均値や積算値を表示するため、従来の筋電図装置と比べると、シンプルな操作でリハビリや筋トレを最適化できます。こんな簡単に動かせるウェアラブルデバイスは、他にはありません。
※ 動画はTherapiCo(セラピコ)様で実施した、振動子付き筋電センサーの実証実験。実際のご利用者やスタッフの方々にご協力いただきました。
【第3章】トレーニングの「見える化」を実現。短時間で筋力UP
— 筋トレ中、筋肉Phoneをどのように使用するといいでしょうか。
筋肉Phoneを装着すると筋肉の出力がリアルタイムで数値化され、目標値を確認しながらトレーニングできます。例えば、背中や腕に貼り付けてスクワットやベンチプレスを行うと、筋肉が正しく出力できているかを即座に確認できる。視覚的なフィードバックに加えて音を活用することで、筋肉の働きを正確に把握できます。
また、リモートでの指導も実施しています。トレーナーとユーザーがオンラインで繋がり、リアルタイムでトレーニングしながらフォームや出力、速度をチェックすることで、適切な負荷調整やフォーム修正ができます。これなら忙しいビジネスパーソンでも「短時間で効率よく、正しく負荷をかけるトレーニング」が実現できるんです。この筋肉Phoneは2025年7月頃にリリースする予定です。

— 実際に筋肉Phoneを使用したユーザーの声をお聞かせください。
医療やリハビリ関係者の方々から大きな期待を寄せていただいています。例えば、麻痺のあるご利用者さんに筋肉Phoneを装着すると、どれくらい力を入れられるか、どれくらい動かせるかを定量的に計測できます。従来は主観的な判断に頼ることが多かったリハビリの進捗が数値で可視化されることで、医療従事者からは「次のリハビリプランを立てやすくなった」、ご利用者さんからも「リハビリの成果が目に見えるから、もっと頑張りたい」といったお声を頂いていますね。
— フィットネスジムではどのような反応がありますか?
フィットネス市場では、経験豊富なトレーナーほど既存の指導方法に自信を持っているため、技術力や見える化、効率化を謳った新しいデバイスの導入には慎重で「これまでの指導で十分」「自分の目で判断できる」という声もありました。そのため、まずは効果的なユースケースを蓄積し「どの場面でどのように使えるか」を示そうと考えています。リハビリ分野での成功事例を軸にスポーツトレーナーやアスリート向けの活用法も確立し、段階的に市場を広げていきます。
【第4章】最新の筋トレのコツ:「1日3秒」を週3回
— 忙しいビジネスパーソンがトレーニングを続けるコツを教えてください。
筋トレは短時間でも効果を得られるため、毎日、少しでも続けてください。近年の研究では「1日3秒の筋トレを週3回、1ヶ月以上続けると筋力が約10%向上する」と報告されています。つまり「まとまった時間が取れないからトレーニングできない」とは言い訳できないんです(笑)。1日5分程度で筋トレを週3回するならビッグ3(胸・背中・脚を鍛える王道種目)も狙える。自宅で正しくトレーニングしたい方は、筋肉Phoneを活用するのも一手。 自分の筋出力が分かるし、フォームの崩れもリアルタイムで確認できます。
— 「ここさえ押さえておけばOK」という筋トレ方法はありますか?
やはりビッグ3を鍛えることでしょうね。身体に厚みを出したいならプッシュアップ(胸)、デッドリフト(背中)、スクワット(脚)を8〜12回 ✕ 3セット。軽い重量で何回も繰り返しても筋肉はつきにくいため、負荷を意識しましょう。ホルモン分泌を高めて筋肥大を促進するにはインターバルを20秒以内と短めに設定します。
— 「とにかく痩せたい」という方には、どのような運動が適していますか?
脂肪燃焼には、高レップの筋トレ(反復回数を多くする筋トレ)と有酸素運動の組み合わせがオススメです。ダイエットでは「20分以上走らないと脂肪が燃焼しない」と言われていましたが、短時間の運動でも十分に効果を発揮することも分かっています。例えば、ウォーキングなら「電車の1駅分を歩く」、ランニングなら「10分 ✕ 2回」「5分 ✕ 4回」など、細切れにしても問題ありません。
また、ダイエットの基本は「消費カロリー>摂取カロリー」ですが、そもそもの筋肉量が少ないと代謝が低くて痩せにくい。 筋肉を増やすトレーニング(8〜12回 ✕ 3セット)を取り入れることで、基礎代謝を上げて痩せやすい身体を作ることができます。
【第5章】世界初、筋電センサーが導く「最強のリハビリメソッド」
— 今後、どのような分野で筋肉Phoneを広めていきたいですか?
筋肉Phoneに搭載された「振動する筋電センサー」は日本国内で特許を取得しており世界初の技術です。これまで筋電計測は「診断」や「予防」のために活用されてきましたが、ゆくゆくは「治療」へと領域を広げていきます。具体的には「震え」をセンサーで高度に解析し、振動で止めるデバイスを創りたいと考えています。
直近では、「自宅でもリハビリができる」という新たな選択肢をリハビリ施設へ提供したいです。リハビリは理学療法士と施設利用者の双方の感覚を共有し合う施術だとお聞きしたことがありますが、振動を使うことで、離れていても感覚を相互に共有したリハビリが可能になります。
フィットネス市場では、怪我のリカバリーやトレーニングの最適化を求めるアスリートや一般ユーザーに向け、ジムのマシンと筋肉Phoneを連携させてトレーニング履歴を管理できる仕組みを開発中です。例えば「前回の筋出力を基準に、今回はこの重さ・回数に挑戦しよう」といった個別最適化ができるようになる。この筋出力を意識してトレーニングする文化を広めていきたいですね。

— 筋肉Phoneはトップアスリートからも期待されていると伺いました。
有り難いことに、ある有名なオリンピアンの方からは「これはトレーニングの革命になる」とご評価いただきました。ボディビルの世界大会に長年出場している方からは「各部位への『効かせ方』を熟知しているから必要性を感じない」といった厳しい声もありますが、「ボディビル初心者は太腿の裏や背中を鍛えるのに苦労する。そのタイミングで筋肉Phoneを活用すれば、正しい負荷のかけ方が学べる」といったフィードバックも頂いています。
— さらなる技術開発として、どのようなお取り組みをしていますか?
「筋肉の質を数値化する技術」にも挑戦しています。例えば、太腿にセンサーを貼り、椅子の座り立ち運動を2回するだけで「筋肉の質スコア」を算出し、適切なトレーニングをリコメンドする仕組みを開発中です。筋肉の質は「力強さ」「スピード」といった指標で分析され、ユーザーは強み・弱みを把握しながらどのようなトレーニングをすればいいかを理解できるようになります。
近年の研究では「筋肉の質の低下は死亡リスクと密接に関係する」とも言われているため、健康寿命の延伸にも貢献したいと考えています。これは日本の革新的な技術として認められ、大阪・関西万博でゴールデンウィークに「大阪ヘルスケアパビリオン」のリボーンチャレンジに出展し、おかげさまで大盛況でした。

もう一つ、ユーザーの運動をサポートする対話型AIも開発しています。「今日は1時間歩く予定だ」と入力すると「いいね!」とポジティブなフィードバックをしてくれる。「今日はどんな運動をすればいい?」と尋ねると、過去のトレーニングデータをもとに、今の状態に合った運動をそっと提案してくれる。モチベーションを維持しながら運動のハードルを下げる仕組みを構築することで、より多くの方に運動習慣を根付かせたいです。
— 最後に、私たちは筋トレとどのように付き合っていくべきでしょうか?
筋トレにはさまざまな解がありますが、重要なのは「短時間でも続けること」と「負荷を意識すること」。繰り返しますが、1日3秒の筋トレでも継続すれば確実に効果が出ます。お金がない、時間がない、体力がない、知識がない、場所がない―と理由を並べる方もいますが、それでも構いません。なくてもいいから筋トレをしましょう。
電車で吊革に捕まりながらつま先で立つだけでもいい。先述の対話型AIに「今日は忙しいんだけど、どんな筋トレができそう?」と聞けば、スキマ時間にできる運動をアドバイスしてくれます。簡易版chocoZAPのような手軽さで、いつでもどこでも皆さんに寄り添いながら筋トレをサポートする世界を作っていきます。
― 衣笠さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。「筋トレは1日3秒でもOK」という最新トレーニングも皆さんに広めます。
▶ 筋肉Phoneの量産化に向けてクラウドファンディングを実施中です(2025年5月31日まで)。詳細・ご支援はこちら「筋肉Phoneのクラウドファンディング」
(企画・取材・執筆:佐野 桃木 写真提供:衣笠 竜太 最高顧問:Z)
● プロフィールはこちら「神奈川大学人間科学部教授 衣笠竜太さん 」
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