需要減、負債、社員の将来──紙印刷業を取り巻く三重苦の中で「このままでは持たない」と家業の譲渡を決断したのは、…

紙はもう、戻らない。印刷家業を継いだ社長が直面した「市場低迷」と「M&A」

需要減、負債、社員の将来──紙印刷業を取り巻く三重苦の中で「このままでは持たない」と家業の譲渡を決断したのは、元サンコー取締役社長の有薗悦克さん。希望的観測を捨ててM&Aという現実的な選択をする傍ら、自らの身体にも向き合い、週1回の筋トレを続けています。事業承継や撤退、M&Aといった重大な判断に直面する、全ての経営者に静かで力強いストーリーをお送りします。

【第1章】印刷業の枠を超え、新価値を創造する「クリエイティブ集団」

― サンコーの事業概要を教えてください。

株式会社サンコーは1967年創業の東京・墨田区に拠点を構えていた(現在は江東区に移転)総合印刷会社です。「おもいをカタチにする」という理念のもと、企画・デザインから印刷・製本まで一貫して手掛けてきました。かつては印刷の一工程であるフィルム製版を中心に事業を展開していましたが、1985年に父が社長に就任して以来、デザインや印刷全般へと業務を拡大しました。

2015年にはクリエイター向けシェアオフィス「co-lab 墨田亀沢 re-printing」を開設し、デザイナーや建築家などのクリエイターと、墨田区のものづくり企業や職人が交流し、新たな製品や技術を生み出す価値創造の拠点となりました。従来の印刷業の枠を超えて「墨田区のものづくり文化」と「現代のクリエイティブ産業」の融合を図り、自社の価値を高める挑戦を続けてきました。

― 有薗さんの自己紹介をお願いします。

私は新卒で入社したカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)で店舗開発やM&Aを担当した後、経営再建を担う立場として新星堂に移って事業再生の経験を積み、2013年に「家業のサンコーを継承する」と決意して入社しました。下請け依存の印刷業から脱却を目指し、社内改革を推進するだけでなく、従来の受託印刷から企画・デザインを含めた総合的なクリエイティブ支援へと事業を拡大。2015年からは上述のco-labを開設して「ものづくりの町・墨田区」に新たなクリエイティブ拠点を築きました。

【第2章】紙の需要減。けれど「紙でなければいけないもの」を追求

画像

― 2017年12月に社長へご就任になります。有薗さんの経営改革をお聞かせください。

クリエイターが集う上述の運営により、デザインやブランディングといった印刷の上流工程やWeb・映像制作など、印刷以外の媒体表現にも関与できるようになりました。企業のキャッチコピーやブランドコンセプトの作成に関わることで印刷の受注にも繋げていました。

しかし、このビジネスモデルは2020年のコロナ禍で崩壊しました。印刷機が安定して稼働している前提で成り立っていた事業なのにコロナで印刷の仕事が激減し、印刷機が止まってしまった。人と人が会う機会がなくなり、展示会が中止になってパンフレットや名刺の需要が減ったり、マスク生活で口紅を付けなくなって化粧品メーカーからの紙製説明書の受注が減ったり。

この変化を目の当たりにした時、私は、新星堂でCDというメディアが衰退していく現場にいたことを思い出しました。リーマン・ショック後、CDの新譜発売が停止している間に人々の消費行動が「音楽はダウンロードしよう」とシフトしたんです。印刷業でもコロナ後に「オンラインで十分」という流れが定着して市場が戻らなくなるだろうと考えました。

しかし、サンコーには印刷機とそれに紐づく負債がありました。社員のみんながいるかぎり、マーケットが回復しなくても印刷機を回し続けなければいけない。であれば「紙でなければいけないもの」に取り組もうと思い立ちました。例えば、結婚式で新郎新婦がサインをする結婚証明書は羽根の付いたペンで美しい紙に手書きすることで価値が生まれる。タブレットでサインする時代は来ないでしょう。

他にも、京都の高級老舗旅館のショップカードやパンフレット、日本酒のラベルなど、ブランドの世界観を伝える印刷物では「しっとりとした手触りと美しい色彩がほしい」「企業の品格や歴史を反映したものを作りたい」と考える発注者の思いや、五感に訴えるこだわりに応えることで、他社との差別化を支援したいと考えました。

そこで、デザイナーの創造性を発揮するお手伝いをして「紙でなければ表現できない高付加価値の印刷物」を制作できる印刷会社へ成長させようと決断しました。デザイナーに出会うためにWebマーケティングに注力した結果、現在では「印刷」に関連するキーワードや、日本の国旗の色「金赤(きんあか)」でGoogle検索をするとサンコーが1〜2位に表示されるようになりました。

さらに、2021年の年賀状では「削る年賀状」を作りました。表面には「印刷は終わった」などの悲観的な言葉が並んでいますが、実はそれはスクラッチ加工になっており、削ると「紙にはまだ可能性がある」といった前向きなメッセージが現れます。紙の新たな価値を示す仕掛けとして話題になりました。

【第3章】「紙の時代は終わる」― 市場低迷で下した、M&Aの決断

画像

― 有薗さんがサンコーをM&Aすると決意した背景をお聞かせください。

理由は2つあります。1つ目は、印刷市場の低迷が加速したからです。2023年5月にコロナが5類に移行して世の中では経済活動が回復する中、印刷業界だけは前年比10%以上のペースで印刷情報用紙の出荷トン数が減り続けました。私が以前から予想していたとおり「紙印刷はメディアとして終わる」が現実となったんです。

また同年7月、家族で訪れた静岡県富士市で製紙工場の巨大さを目の当たりにしました。日本製紙や王子製紙のような大企業が15%もの生産減に直面すれば、需要に合わせて工場閉鎖や価格引き上げに踏み切るのは明らか。印刷コストの大半は紙代が占めているので印刷物そのものの価格が上がってしまう。そうすると「値段が上がるなら、紙で作らなくてもいい」という流れを加速させ、メーカーは「出荷量が減ってさらに値上げする」という悪循環が生まれてしまいます。

いくらサンコーが「紙でなければいけないものを作る」と掲げても、業界全体の構造的な縮小には抗えない。そう確信した私は、次なる道を模索せざるを得ませんでした。

2つ目は、サンコーに長期的な課題があったからです。リーマン・ショック以降の業績低迷が長く続き、人材採用を抑えた結果、社員の高齢化が進みました。10年後には彼らの半数が定年を迎え、さらに印刷機の更新時期にも重なります。その時、60歳になった私は負債を抱えたまま乗り越えられるのか。万が一失敗したら社員やその家族に多大な影響を及ぼすことになる。だからこそ、先手を打ってM&Aを通じて、シナジーの生まれる企業グループへ会社を引き継いでいただく決断をしました。

― 社員の皆さんからのご反応はいかがでしたか?

幹部社員には日頃から財務情報を共有していました。PL(損益計算書)だけでなくバランスシートやキャッシュフローも開示し、会計事務所と月次決算を確認しながら経営の現状を把握している。そのため、サンコー単独で負債を抱えて存続するよりも、グループシナジーを活かせるM&Aをした方が事業の未来を描きやすいと理解してくれたんだと思います。

【第4-1章】10kg増、ギックリ腰。このまま40代になりたくない!(有薗さんの運動①)

画像

― こちらのパートでは有薗さんの運動習慣について伺います。加圧トレーニングとピラティスをしていらっしゃるんですね。

はい、どちらも「Studio BB」でおこなっています。通い始めたきっかけは38歳の時、メタボ診断の第1関門でウエスト85cmを超えてしまったから。今よりも10kg以上太っていて、しょっちゅうギックリ腰になっていました。「このまま40代になってしまうのか」と失望していた時、たまたま手に取った雑誌に「経営者とスポーツ」というテーマで加圧トレーニング※が紹介されていたんです。「短時間で効果が出そうだ」とさっそくStudio BBに入会しました。

画像

※ 加圧トレーニングとは
腕や脚の付け根に専用ベルトを巻き、血流を制限した状態で行う筋力トレーニング。短時間の運動でも高負荷と同等の効果が得られ、成長ホルモンの分泌が促進。筋力向上や脂肪燃焼、美容・アンチエイジングが期待される。適度な圧で静脈の流れを制限しつつ動脈の血流を維持することで筋肉が素早く疲労し、成長ホルモンが通常の約290倍分泌される。

― 加圧トレーニングとピラティスは週に何回、どのようなメニューでなさっていますか?

週1回、50分です。最初の30分はピラティスで体幹を鍛えています。スキーに行く冬は体の左右のバランスを整えたり、「仕事で巻き肩になった」といった体調に合わせてパーソナルトレーナーにメニューを組んでいただいたりしています。加圧トレーニングでは専用バンドを装着して上半身10分、下半身10分行っています。

― 運動すると、どのような効果が得られますか?

ジムから帰る時、体のバランスが整ってむくみが取れるので革靴がブカブカになりますね。また、普段は姿勢良く立とうとすると無理やり姿勢を伸ばしたり体のどこかに力を入れたりしますが、自然に正しい姿勢を維持できるようになります。

【第4-2章】プロテインは、トレーニング後だけでは不足する(有薗さんの運動②)

画像

― お仕事が忙しくてジムに行けない時はありますか?

基本的には週1回を厳守しています。ジムの予約を1ヶ月先まで入れた上で、他のスケジュールを組んでいます。

― 「今日はトレーニングに行きたくない」という時はありますか?

ジムが予約制ということもありますが、やる気は「やらないと出てこないもの」。風邪を引かないかぎり行っています。

― トレーニングウェアやスニーカーはどちらのブランドを選んでいますか?

あまりこだわっておらず、運動中はユニクロのTシャツと短パンを着ています。加圧トレーニングもピラティスも室内で実施しているので素足ですが、週1回、数km軽く走る時はワークマンのスニーカーを履いています。 靴擦れにならなくて履き心地がいいですよ。

― ランニング中はどのような曲を聴いていますか?

Spotifyで「今日はロック」「今日はEDM」と気分に応じてソングリストを選んでいますね。

― プロテインは飲んでいますか?

はい、複数のブランドのホエイプロテインをまんべんなく買っています。フレーバーはチョコレートを選ぶことが多いですね。40代半ばになって栄養の吸収力が落ちたせいか、週1回のトレーニング後に摂るだけでは足りず、血液検査で「血液中のたんぱく量が少ない」と指摘されてからは毎日朝と晩、運動していない時もプロテインをしっかり飲んでいます

― 食事や睡眠などで、健康を意識した習慣はありますか?

会社に勤務していると、健康を意識した生活を送るのは難しいですよね。ましてや社長を退任して年末まで多忙を極めていたので、食べる量を制限するくらいしか。でも、3年前に飲酒をやめました。全身に蕁麻疹が出てきて、かゆみ止めを飲んでもまったく眠れなかったんです。

漢方の先生からは「肝臓が熱を持っている」と。「東洋医学では内臓に問題があると熱を体外に逃がそうとして皮膚炎が起きる。試しにお酒をやめてごらん」と言われ、2週間そのとおりにしてみたらかゆみ止めがなくても眠れるようになりました。

【第5章】企業の存続・発展のカギ「希望的観測を捨てて現実を見よ」

画像

― コロナのように外部環境の変化が起こりうる中、経営者が自社の生存戦略を描く上で重要なことは何ですか?

私自身が生存戦略を描けていたのかはさておき「希望的観測を持たないこと」でしょうか。私は以前、CD・レコードを販売する業界にいました。業界の人たちはみんな「日本人はCDが好きだし、アーティストのパッケージを保有したいはず。アメリカみたいにデジタル販売にはならない」と。

しかし、それは彼らの希望的観測にすぎず、世の中の現実とは一致していなかった。「悪い状況にはならない」と信じ込むのは生存戦略を遠ざけることと同じ。まずは「マーケットは縮小する」と現実を受け入れると出発点に立てると思います。

― いかなる状況下でも、現実から目をそらさないことが大切なんですね。サンコーの社長をご退任になった今、どのようなことを感じていますか?

本当は、続けたかったですね。子供の頃に食べた物や大学まで通った学費も、社員の皆さんが頑張って稼いだお金で払われてきました。そんな意味で、私の半分はサンコーでできているとも言えます。会社の業績をもっと劇的に回復できていたら未来に投資できただろうし、ともに歩んできた社員たちともっといろんな仕事に挑戦できたはず。でも、私の力では「これが精一杯だった」というのが正直な気持ちです。

画像

今はM&Aに関するタスクが片づいたばかりで、頭の整理が終わっていません。幸いなことに、社外から「手伝ってほしい」というお声を頂いているので、当面はお力になれることをさせていただきつつ、今後のことを考えます。

― 「どう生き残っていけばいいのか」と悩む経営者の皆さんへ、ぜひアドバイスをお願いします。

会社の未来についてお悩みでしたら、設備投資や人材採用といった経営戦略の選択肢に「会社を『売る』『買う』」を入れても良いのではないでしょうか。日本人は「最後の1人になるまで戦う」という美談を好む傾向がありますが、それでは最後に悲劇しか待っていません。何もかも失うなんて、経営者の人生として幸せなのだろうか。それに早い段階で気づいて決断すれば好転するかもしれません。

― 有薗さんは大企業でキャリアを積んできたこと、家業を継承したこと、新規事業を立ち上げて新たな価値を創ったこと、M&Aに踏み切ったことなど、あらゆる経験をしていらっしゃいます。そんな有薗さんに背中を押されたら心強いでしょうね。

ありがとうございます。ありとあらゆる規模や立場、フェーズを経験してきたので、めずらしいキャリアだとは思います。経営者の方々からさまざまなお話を伺うと「あのフェーズに似ているな」「こうすると良いのかもしれない」とひらめくことはあります。お力になれることは進んで動きたいですね。

― 有薗さん、今後のご活躍も応援しています。お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

(企画・取材・執筆:佐野 桃木 写真提供:有薗 悦克 最高顧問:Z)

● プロフィールはこちら「株式会社ステージアップ代表 有薗悦克さん

💙 stand.fmで裏話を配信中「ももりんの『あの経営者の余談』RADIO

ご興味を持ってくださった方はnoteをフォローしてくださると嬉しいです。
※ 「静かな空間でゆっくり読まれること」を想定して構成しています。

● ご出演・ご意見はこちら「お問い合わせフォーム

● ご感想は #あの経営者の筋トレ でシェアしていただけたら嬉しいです

#あの経営者の筋トレ #あの経営者のオフレコ #経営者の素顔  #有薗悦克
#中小企業経営者 #事業継承 #墨田区 #スタートアップ #起業家 #大企業出身

コメントを残す